Vectorworks教育シンポジウム2012
「テーマ:明日への襷(たすき)」(エーアンドエー)
2012年10月2日

去る8月24日(金)、東京・大手町サンケイプラザで「Vectorworks教育シンポジウム2012」が開催された。4回目となる今回はメインテーマに「明日への襷」をかかげた。

開催挨拶で内田社長は、「CADは道具の一つだが、CADを使って空間をデザインし、未来に向かって切り開く創造を学生には学んでほしい。昨年の東日本大震災は生活を一変する未曾有のできごと。明日への襷には、CADで学んだ、知識を社会に活かし、新たな道を開きながら、未来につないで欲しいとの思いを込めた」と述べた。

日建設計の羽鳥達也氏による特別講演では、東日本大震災からの復興プロジェクトにかかわる取り組みについて発表された。またVectorworksを活用したワークショップや設計に関する実践事例講演、OASIS奨学金を受けたプロジェクトの研究成果発表、講演に関するパネルや模型の展示など、ユニークな教育イベントとなった。今回も多くの教育関係者や学生、社会人が詰めかけ、会場は熱気ある一日となった。

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特別講演
共有知のデザイン/逃げ地図について

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株式会社日建設計
設計部門 設計部 主管
羽鳥 達也氏

 東日本大震災では東北大学や宮城大学などでも校舎が被災し、建築関係の学科でも授業ができないところがあった。そこで日建設計では東京の建築設計事務所やゼネコンなどに被災した大学の学生をインターンとして受け入れようと呼びかけた。

 インターン学生に東北地方の被害についての調査活動を提案したところ、学生はぜひやりたいと言った。彼らの熱意と調査を引き継ぎ、教官役となった我々プロのノウハウが組み合わさった結果、生まれたのが「逃げ地図」だ。

 「逃げ地図」が生まれたきっかけは、震災後に募金を届けるため現地で造船業から建築の溶接加工を営む高橋和志さんに再会したことだった。高橋さんには、東京の神保町シアタービルを日建設計が設計したとき、複雑な多面体で構成される外装材の鋼板加工でお世話になったことがあった。

 高橋さんは、伊東豊雄氏など日本を代表する建築家と何度も仕事をしてきた。そのため打ち合わせで同席したとき、私はその気迫に押され、怒られたことさえある。その高橋さんが以前とはうって変わって意気消沈していたのだ。

 高橋さんの会社でも社員の1人が津波で亡くなった。被災した町も不安が満ちあふれ、問題は山積しているが復興に向けての活動はなかなか進んでいなかった。

 我々が行う建築プロジェクトでも、複雑で大きなビルになればなるほど問題だらけだ。それを解決しながら進めていく作業を設計者は日常的にやっている。こうして被災地の問題とは何かを探り始めたところ、明らかになったのは、再び津波が襲って家族を失う恐怖から、家から外に出られない人が多いということだった。

 この不安を解消するために考えたのは、町のどこが浸水しやすいか、どこに逃げれば安心か、そして逃げ遅れないようにするためにはどうしたらよいかを明らかにすることだった。そのためには2つの判断基準が必要となる。誰が見ても分かる「事実判断」と、それに基づいてどう行動すべきかを決める「価値判断」だ。

 そこで、今から100年以上前の明治の大津波で被害を免れた場所を特定する作業から始めた。その場所をゴールとして町のいろいろな場所から最短時間でたどり着くルートを解析し、町の各場所からどの方向に逃げたらいいのかを分かりやすくまとめたものが「逃げ地図」だ。

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住民の不安をなくすために作った「逃げ地図」

 後期高齢者が10%勾配の登り坂だと毎分43m進めると仮定して、避難地となる高地にたどりつける範囲を3分ごとに等高線のように道路に示して、30分間でどの範囲の人が避難可能かが一目で分かる地図ができ上がった。

 すると、場所によっては避難に時間がかかるところも分かってきた。そんなときはちょっとした避難の近道を作ることにより、避難時間が大幅に短縮されることもわかった。また、谷間にバイパス道路を架けるよりも、小さな近道を作る方が効果的だということも分かりさまざまな対策の費用対効果が明瞭に表現できることが分かった。

 さらにどうしても避難に時間がかかる場所には津波避難タワーの検討も必要になる。財政事情を考えると、津波避難タワーは何カ所も作ることはできない。そこでどこに建てるのがもっとも合理的か、ということも具体的に分かってくる。と同時に、避難時間が具体的に分かれば高価な避難タワーが必要かどうかも議論ができる。

 「逃げ地図」作りの作業を行うワークショップを開き、地元の人にも参加してもらった。地図に色を塗っていく作業を通じて、町のどの部分が危険か分かってくると、最初のころとは目の色が変わってくる。そして避難タワーをどこに建てたらいいのかという議論でも、我々プロの意見とほぼ同じ場所が候補地点となって挙がってくることに驚いた。

 「逃げ地図」の解析作業は、このように手作業でも行えるが、道幅や歩行者の数などを考慮した精度の高い解析を行うために、エーアンドエーの歩行者シミュレーションソフト「SimTread(シムトレッド)」を使って町全体をモデル化し、避難シミュレーションを行った。人の動きがオレンジ色の点で時々刻々とパソコンの画面上を動くように表示されるので、専門家だけでなく、一般住民も分かりやすいのだ。

 するとよく使われる道とそうでない道が分かったり、津波避難タワーに逃げ込む人の最大人数が分かったりする。すると、道であれば必要な幅や、タワーを計画するのであれば具体的な避難人数に応じた規模の想定や必要な燃料の備蓄量など想定可能になる。つまりこういった手法により、より高精度で多くの住民が合意可能な計画ができるのではないかと考えている。

 見えないリスクが分かり、いざという時に逃げるべき場所と避難にかかる時間が予想できると人々は安心し、リスクに対処しようという気持ちも生まれてくる。

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「SimTread(シムトレッド)」により行った精密な避難解析

 被災地には外部からいろいろな支援者が入っているが、多くの納得を生むのは適切な「事実判断」に基づいた「価値判断」だと思う。我々は「逃げ地図」のプロジェクトを通して、「価値判断」に関わるのは、誠実さみたいなものだろうと感じている。これは建築にも言える事で、論理的に正しいとしても「この人たちは私たちのことを本当に考えてくれている」ということが伝わらなければ心に響かず、真の合意形成には至らない。我々はこれからも、より高い想像力と誠意を持って人々の心に響くものとは何かを真剣に考えながら仕事をしていきたい。

特別学生講演


卒業設計「記憶の器」を振り返る

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東京大学大学院
工学系研究科 建築学専攻
松井 一哲 氏

 東日本大震災では巨大な津波などによって12万戸もの建物が全壊した。その多くを占めるのは住宅だ。被災地で暮らしてきた人々の、なにげない日常と生活の記憶は、住み慣れた住宅と深く結び付いている。

 しかし、「記憶の器」となる住宅は既に跡形もなく、人々の記憶の中に残るだけだ。被災地に再建する住宅がもし、これまで住み慣れた家と全く違うデザインであれば、以前の家と結び付いた生活の記憶は失われてしまうだろう。

 震災当時、私は東北大学で建築を学んでおり、仙台市にある校舎も被災した。4年生に進むにあたり、卒業設計のテーマも震災から目をそらすことはできなかった。そこで津波で800人近い死者・行方不明者を出した岩手県山田町の沿岸を海上ネットでつなぐ復興計画をテーマにすることを考えた。

 山田町に入って100人以上の被災者に話を聞いた。しかし、自分が描いていた復興計画は、被災者の気持ちや実感とはかい離した絵空事のように思えてきてむなしさを感じた。たった1人でもいいから被災者を笑顔にできる卒業設計にしたいと考えた。

 そこで、震災以前の記憶を包み込む器(以前の住宅の模型)を被災者の方に寄贈することを第一の目的とし、「再建する住宅に、以前住んでいた家の思い出を継承するデザインを取り入れた住宅の設計」を卒業設計のテーマとした。被災者には高齢者が多い。新しい住宅に昔住んでいた家の面影を感じられるようにすることで、人々は長年の思い出を失わずに済み、新しい生活にも積極的に踏み出せるだろう。

 仙台市から山田町までは、車で往復すると12時間もかかる。そこで山田町にあるお寺の住職の好意で、寝泊まりさせてもらえることになった。昼は被災者にヒアリングし、以前の生活の思い出を聞かせてもらいながら、間取り図を復元する作業を続けた。

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被災者へのヒアリングを基に再現した間取り図

 山屋さんの家も津波で流され、残ったのは家の基礎と2枚の写真、そして記憶だけだった。その思い出は、まさしく住宅とともにあった。しかしながら、細部を鮮明に覚えていたわけではなく、はじめは記憶がおぼろげで、部屋の存在自体を忘れていた部分なども多くあったが、何度も1/20の模型をつくり、山屋さんがそれをのぞき込むようにしてながめることで記憶の解像度が上がっていった。その行為は、当時の生活を思い出し、定着させる作業のように感じた。

 玄関とは別にあるタイル張りの出入り口や引き戸の格子など、津波で流された家のディテールを、生活の記憶とともに思い出していった。対話を通じて、家の間取り図を再現し、寺に寝泊まりしながら、夜な夜な作業に没頭した。そして以前の家の間取りやディテールを生かし、面影を受け継ぐ住宅を設計した。

 この卒業設計は、「せんだいデザインリーグ2012 卒業設計日本一決定戦」で2位に入賞した。東北大学を卒業後、東京大学の大学院に進学した今も、このプロジェクトは続けている。

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「以前の住処を基に未来に向けて設計した住宅の模型」

 最後に、お世話になった山田町だが、町には山田湾があり、おいしい牡蠣(かき)の産地でもある。建物をデザインすることは、専門家にしかできないとても大切な貢献だと思うが、こうした被災地で、美味しいものを食べて、美味しいお酒を飲んで、帰りにお土産を買って帰ったりすることも立派な貢献になると思う。みなさんも、ぜひ山田町を訪ねてみて欲しい。


実践事例講演
教育の現場における渋谷駅の模型化と三次元ツールの活用

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昭和女子大学
生活科学部環境デザイン学科
建築・インテリアデザインコース 准教授
田村 圭介 氏

 初めて3次元CADのみで建築設計に挑んだプロジェクト、横浜港の大さん橋国際客船ターミナルに私は関わった。既に10年以上前のことだが、水平や垂直の要素を極力なくしたデザインを行う中で、コンピュータ3Dの感覚を身につけた。

 今回の講演では、私が昭和女子大学でVectorworksを使って実践している教育活動を3つ紹介したい。1分の1ワークショップ、3Dプリンタを使った渋谷駅の模型化、そしてサイコロ展開図を発展させたCAD教育だ。

 まず、3年生を対象に行っている1分の1ワークショップについてご紹介しよう。1分の1とは、原寸大の建築物を学生が役割分担しながら設計し、実際に作り上げるワークショップだ。

 これを始めた理由の一つは、ここ10年間で学生の変化を実感したことだった。その変化は感情表現が乏しくなったことに見ることができる。それは、彼らが全体的にグループワークということが苦手であることと通底している。

 リーマンショック前に卒業した私が受け持ったクラス50人のうち、転職していないのは3人ほどと聞いたことがある。経済の悪化による影響も考えられるが、個人化が進み、チームワークの能力が欠如してきたことも考えられる。社会人になってからチームで進める仕事のやり方に戸惑い、自分には合わないとすぐに辞めてしまうようなのだ。

 そこで、大学でグループワークの機会を作ることを考え、学園祭の開催に合わせて、広場に原寸大の構築物を作る1分の1ワークショップがスタートした。

 ワークショップはどんなものを作るかというイメージの話し合いから始まる。コミュニケーションしながら、アイデアを出し合ったり、まとめたりすることに慣れていない学生も、作品の案がまとまってくると、少しずつ役割分担が行えるようになってくる。

 Vectorworksで設計をCAD化する学生や模型を作る学生、構造設計を担当する学生と、チーム内で自分の得意な分野の仕事を分担するようになる。

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模型、CAD、白板を行ったり来たりしながらの設計作業

 こうした作業の中で必要に迫られるとCADの活用能力も急速に伸びていく。また、受験科目に数学がない学生は日ごろ「どうして数学が必要なのかが分からない」と言っていたりするが、ワークショップを通じて数学の重要性を痛感することになる。その必要性から、数学を習得する良い機会となる。

 製作段階に入ると、学生はますます自主性を発揮するようになる。例えば部材を製作するための「治具」を自分で考えて作ったり、学園祭の直前に雨の中で作業しながら、工程管理についても理解していく。そしてチームワークで自分たちが完成させた感動を味わうのだ。

 さらに学園祭の本番では、自分たちの作品を考えたとおりに座ってくれたり、予期せぬ使い方をする来場者の姿を見て感動する。ワークショップを毎年継続することで先輩後輩の繋がりも生まれ、先輩へのリスペクトや対抗心も取り組む学生のエネルギーになっている。

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学外からのヘルパーと役割分担しながらの施工作業

 2つ目の渋谷駅の模型化は、私が15年間にわたって取り組んでいることだ。1885年に小さな木造平屋建ての駅舎ができてから、今年、複合商業施設「渋谷ヒカリエ」がオープンするまでの過程を3Dプリンタを使って4000分の1と1000分の1の模型で再現した。

 渋谷駅の模型は手作業で柱まで再現しようとすると畳2枚くらいの大きさになってしまう。そこで溶けたプラスチックを0.157mmの厚さで積み重ねながら立体模型を造形する3Dプリンタを使うことで、地上から地下までを精密に再現したコンパクトな模型が作れるようになった。

 模型のデータ作成にはVectorworksとRhinoceros(ライノセラス)を使っている。3Dモデルデータに「穴」が開いていると造形がうまくできないことがあるが、Vectorworksで作ったデータにはほとんど穴がなく、助かっている。教育の一環として、2回展覧会も行い、チームワークはここでも重要だった。1分の1ワークショップを経験していたのでチームの動きも非常に良かった。

 3つ目の展開図を使ったCAD教育は、単にCADで2次元の図面を描くだけの授業はしたくないという思いから始めたものだ。3D感覚も養えるのではと考え、Vectorworksで立体モデルを作った後、座標変換を行いながら展開図を作っていく。初めはサイコロのような単純な立体だが、キノコや鳥など徐々に複雑な展開図を作る過程で空間認知力を高めている。

 学生だった20年前、同級生がCADで卒業設計を行い設計賞を取った。私の出た大学ではCADによる作品に設計賞を与えることは当時初だったので、設計賞を決める判定会議で教員陣による喧々諤々の議論が起きたそうだ。要は、ボタン一つ押せば設計されてしまうコンピュータによる設計は建築設計と言えるか、ということであった。コンピュータの計算の先に、人間の知性による設計のイノベーションがあることは、当時まだ周知されていなかった。

 それから2年後の1995年のWindows95の出現とともに、コンピュータ作業が何たるかは皆が感覚的に知ることとなった。コンピュータ計算の先には、常に人間の知性による建築設計があり、それは地味な手作業のようなものだ。大さん橋国際客船ターミナルを担当したころ、それは思い知らされた。

 大学では、そのイノベーションの部分を少しでも教えられればと思っている。


実践事例講演
東海大学北海道キャンパスにおける建築CAD教育の取り組み

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東海大学 札幌校舎
国際文化学部 デザイン文化学科 教授
渡辺 宏二 氏

 私は1991年に旭川市の北海道東海大学 芸術工学部(2008年に東海大学に統合)へ赴任して以来、現在までの20年以上にわたりCAD教育を担当してきた。途中、学部の再編もあったが、芸術工学部の建築系や建築・環境デザイン学科におけるCAD教育の変遷や実践内容を振り返り、CAD授業への提案を行いたい。

 1991年当初はフリーソフトのJw_cadやワイヤフレームで3次元デザインを行うThirdyというソフトを使った授業からスタートした。以来、ARMやDesignWorkshop、Vectorworksの前身であるMinicad、SketchUpなどさまざまな2次元CADや3次元CADを使って授業を行った。

 20年以上にわたり教育環境やソフトの進化とともにカリキュラムは少しずつ変わって来た。現在の授業は1年次に2次元CADを使った製図の授業(2D-CAAD)90分を15回、2年次は主に3次元モデリングを中心とした授業(CAD/CALS-1)180分を15回、そして3年次には3次元CADを活用する180分の授業(CAD/CALS-2)を15回行っている。

 90年代から、2次元の製図機能よりも3次元のモデリング機能に重点を置いていた。2000年ごろに顕著になった傾向はパソコンの操作力は上がるのと対照的に基礎学力が低下してきたことだ。更にはCADによる設計の授業を目指したのに、学生はCGによるプレゼンテーションに目を向けるようになった。

 そこで2003年にCAD教育の方針を転換した。それはCADで製図教育の復権を図り、CADで建築教育を実践するという取り組みだった。CADを情報処理のプラットフォームとして位置づけながら、従来の設計演習とは異なる視点で設計を行う授業を取り入れた。

 例えば1年次のCAD製図の授業では、住宅の矩計図を描かせた。高気密、高断熱の寒冷地仕様の住宅を題材に、平面詳細図と矩計図を50分の1の縮尺で描かせるものだ。

 製図の前に構造や壁の仕様などを説明し、建築について理解を深めた後、製図を進めていく。特に矩計図は細かく、4~5回に分けてワンステップずつ描いていく。学生は製図しながら部材の役割や納まり、壁の断熱仕様といった細部に徐々に目が行くようになる。

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縮尺50分の1の矩計図を作図する過程で学生は細部に目が行くようになる

 2年次の後半で行うCAD/CALS-1では、先ずGoogle SketchUpで3Dへの導入教育を図り、Vectorworksを使って立体図形の入力や編集の汎用的な操作を修得する。例えばランダムに自動発生させた図形をマクロ機能を使い特定図形だけ選択させたり、シンボルを配列複写したりという基本操作を実習した後に、建築を題材とした演習課題をこなす。

 3年次のCAD/CALS-2では、VectorworksとRenderworksを使った3次元モデリングやレンダリングなども行うが、その中心となるのはプログラミングやプラグインオブジェクト、ワークシート、データベースといった「非図形情報」の処理だ。

 Vectorscriptを2週間でマスターした後、天板の形が長方形や楕円形に描き分けられる立体的なテーブルのプラグインオブジェクトを作る。また、木造平屋の軸組モデルから数量計算や面積計算を行ってワークシートに書き出す簡単な積算の課題にも挑戦する。途中で設計変更を行い、建物の面積を増やしたときに数量などがどう変わるのかも体験する。

 こうした手法は現在、BIM(ビルディング・インフォメーション・モデリング)によって設計実務でも使われ始めているが、これは従来の大学教育で行われている設計と異なる視点で設計を扱うことに繋がり、私どもでは定量的設計と呼んでいる。この授業では10年前からBIM的な非図形情報の処理を取り入れたことになる。

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木造住宅の数量や見積価格など「非図形情報」の処理も授業で行っている

 これからのCAD授業として、矩計図を描く、CADで建築教育を行う、非図形情報の処理を扱う、定量的設計を持ちこむ、そしてiPadなどのデジタルデバイスやeラーニングシステムの利用など、私どもが実践してきたことを、自信を持って提案したい。東海大学札幌キャンパスでは今年度、国際文化学部にデザイン文化学科が新設され、次年度からCADの授業がスタートする。新設学科にもこうした実践を継承していきたい。


OASIS奨学金 研究成果発表

災害時におけるインテリアデザインの役割

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ICSカレッジオブアーツ
河埜 智子 氏

 東日本大震災の被災地を復興させるためには、建築による建物の再建や土木によるインフラの再構築があるが、計画づくりのほか国・自治体へのさまざまな申請・許可が必要で時間がかかる。その点、インテリアデザインは扱う範囲が被災者の身近で小さい問題に限定されているので柔軟性や対応性を生かし、使い手とのやり取りをしながら素早く解決できるのが強みだ。

 インテリアデザイナーとしてできることを探るため、私たちは宮城県気仙沼市の五右衛門ヶ原仮設住宅を訪問し、アンケートを取った。その結果、プライバシー面や仮設住宅の使い勝手、環境・衛生面、住民同士の交流などの問題点を指摘する声が多かった。そこで、5つのアイデア提案を展覧会で発表し、実現化に向け、さらにブラッシュアップを図った。

 最終的に私たちは、カラフルな自分専用の折りたたみイスをワークショップでつくってもらい、それを仮設住宅内の通路にかけておき、住民がゆっくり腰掛けて話ができるようにする。集会室にあふれかえった支援物資を片付けられるベンチをつくり、場所を有効に利用できるようにする。床座の生活を収納機能がある机と腰掛けに変える事で、スペースの確保と足腰への負担を減らす。という3つの提案を現地でプレゼンテーションする予定だ。その後、さらなる改良を加え、これらの提案は来年度の実現を目指している。

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仮設住宅の通路に折りたたみイスを置くアイデア(左)と支援物資を片付けられるベンチの提案(右)

 

突発的自然災害における退避行動に関する研究

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福山市立大学
都市経営学部 都市経営学科
棗田 裕英 氏

 広島県福山市の市街地は瀬戸内海を埋め立てた干拓平野がほとんどで、海抜0~1mの場所も多い。東海・東南海・南海の3連動地震が発生した場合、福山市沿岸には地震発生から2時間後には3~5mの津波が到達すると予想され、市街地は津波で浸水する可能性が高い。しかし、福山市には過去に大災害がなかったこともあり、市民の危機意識は低いのが現状だ。

 そこで3連動地震が起こったとき、福山市の東西南北から2時間以内に安全と思われる場所まで徒歩で避難できるかどうかを調べる避難実験を行った。実験に参加した学生や地域住民のグループには避難中、地図や携帯電話、インターネットを使うことを禁止した。リーダーにはGPS端末を持たせて、避難行動を追跡調査した。

 避難実験後に行ったアンケートでは「避難場所が分からず、2時間で探せなかった」「福山にも危険が多くあることが分かった」など楽観的意識が問題意識へと変化したことが見受けられた。その後の議論では「街路や施設に避難誘導表示が必要」「分かりやすい避難用のブックレットが必要」「設備や通路のバリアフリー化が必要」など東日本大震災の教訓から地域の問題点があぶり出された。参加者は災害が他人事でないことに気づき、回を重ねるごとに意識変革が起きた。今後も、引き続き調査を行い、行政を巻き込んだ活動につなげたい。

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避難実験の様子(左)と実験後のブレインストーミング(右)

 

長清水番屋建設プロジェクト

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宮城大学 事業構想学研究科
中田 千彦研究室 修士2年
富沢 綾子 氏

 宮城県南三陸町の沿岸にある長清水地区は住宅39戸中、92%にあたる36戸が津波で流された。この地に、今後の復興活動や漁業活動の拠点となる「長清水番屋」という仮設作業所の建設支援を行った。宮城大学の中田研究室が東日本大震災直後に始めた「a book for our future, 311」というプロジェクトの一環だ。

 2011年10月に基本設計がスタートした。被災者からの要望は当初「集会所や休憩所が欲しい」というものだったが、その後「漁業の拠点が欲しい」と意欲的になり、現在は「漁業を快適に行える場所、人が集まり、前向きになれる場所」へと変わっていった。

 被災者からの要望に基づき、私たちは番屋のイメージパースや図面、模型、建て方マニュアル、資材リストなどを作り、スポンサー企業や被災者にプレゼンテーションを行った。そして実施設計がスタートし、工務店と打ち合わせを行い構造的な整合性を取った。

 今年2月には現場で地鎮祭や配筋、コンクリート打設を行い、3月には建て方と上棟式を行い竣工・完了検査までこぎ着けた。これらの作業には地域の人々にも参加してもらった。今はホタテ漁やわかめ漁の作業場や、秋に行う神楽の舞台になる木造工作物の設計を詰めており、10月の竣工を目指している。

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番屋のデザインパース(左)と建て方が終了した構造部材(右)

 

地形に応答する建築形態に関する研究~斜面地集合住宅に着目して~

 

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明治大学大学院
理工学研究科建築学専攻
高橋 侑万 氏

 日本には斜面地が多い。これまで斜面地での住宅建設は施工しにくかったが設計技術や構法の進歩に伴って住宅建設の可能性が広がっている。また、東日本大震災の被災地では、住宅地の高台移転問題も生じており、今後、斜面地での住宅ニーズは増えていくことが予想される。

 斜面地にふさわしい設計手法を見つけ出し、被災地の高台移転における傾斜地住宅の可能性やあり方を明らかにするため、横浜市青葉区の桜台コートビレッジ、静岡県田方郡函南町のパサディナハイツを対象に現地調査を行った。地形と建築の設置の関係性や各住戸にアプローチするサービス通路、そして傾斜地広場などを調査し、3次元モデル上で分析した。

 今年3月には4日間にわたり津波で被災した岩手県陸前高田市の広田町、気仙町で法政大学、中央大学、明治大学によるワークショップを開催した。高台にある移転候補地の現地調査を行うとともに気仙町双六地区の高台移転会議にも参加し、地形模型を使って被災者とともに移転先を協議した。最終日の報告会では地域が持つ強みと弱み、外部環境としての機会と脅威を組み合わせたSWOT分析も行った。

 もし今後、機会があれば被災地で実際に斜面地集合住宅の設計を行いたい。そして被災者の皆さんのお役に立ちたいと思っている。

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斜面地に建つ集合住宅のアクセス通路の調査結果(左)と、気仙町双六地区の高台移転会議(右)

 

総評

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エーアンドエー株式会社
取締役 大河内 勝司 氏

 

 OASIS奨学金制度は、OASIS校に在籍する学生を対象に毎年、総額100万円を5人または5組に与えるものだ。この奨学金には「三つの無し」というルールがある。「テーマに沿っていれば、調査・研究の内容にタブー無し」「奨学金の使途に制限無し」そして「わが社へのお返しは考える必要無し」というものだ。

 そして、成果の著作権は学生自身に与えられ、どこで発表してもよい。翌年の教育シンポジウムで成果発表を期待する、といった極めてゆるいルールだ。企業から直接、学生に奨学金を渡して大丈夫かと思ったこともあるが、今回、発表された4つの研究成果を見て、心配はなくなった。来年以降もOASIS奨学金を続けていきたいと思う。

 2012年度のテーマは、「3.11大震災の経験を『知恵』として生かすために」というものだ。大震災の体験や経験は「知識」のレベルにとどまる限り、「忘れたら終わり」だ。一方、「知恵」は忘れたころから始まる。

 今年4月にテーマを発表し、7月に募集を締め切り、厳正に審査した結果、工学院大学大学院の小切山孝治氏(調査・研究の名称:一次避難環境についての研究)、日本大学大学院の菅原雅之氏(同:福島第一原発における監視と事故原発研究機能を併設した封印施設の提案)、明治大学大学院の鈴木篤氏(同:住宅再建プロセスにおける住民意向の把握と施策課題の整理考察)、日本工学院八王子専門学校の吉田達也氏(同:トリイプロジェクト)、米子工業高等専門学校の中嶋健太氏(同:東日本大震災におけるガレキ処理の実態と対策について)の5名に今年度のOASIS奨学金を授与することになった。それぞれ個性ある、ユニークな研究を期待したい。

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2012年度のOASIS奨学金を授与された学生たち。左より
米子工業高等専門学校/中嶋健太氏
工学院大学大学院/小切山孝治氏
日本工学院八王子専門学校/吉田達也氏
明治大学大学院/鈴木篤氏
(日本大学大学院/菅原雅之氏は都合により欠席)

OASIS活動報告

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エーアンドエー株式会社
取締役副社長 川瀬 英一 氏

 エーアンドエーのVectorworks教育支援プログラム「OASIS(オアシス)」は、2008年に始まり、今年8月現在で北は北海道から南は九州・沖縄まで129のOASIS加盟校がある。建築のほかデザイン系の学科も多いのが特徴だ。

 OASISに加盟する学校や教員、学生に対して、さまざまな支援サービスを行っている。Vectorworksや当社独自制作の講習教則本を特別頒布しているほか、OASISコミュニティポータルサイトで加盟校向けの限定情報を提供しているので、ぜひ、のぞいてみて欲しい。

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Vectorworks学習教材 iPad版の提供

 今年6月にはiPad版の無料教材も作成し、ポータルサイトで公開している。8月24日現在で既にダウンロード数は400件を超えた。

 また、教員向けにはVectorworksのウェブセミナーも開催している。Vectorworksの最新版を持っていない場合でも、デモ版で受講したり、講師の操作を画面で確認、その場で質問ができるようになっている。また、エーアンドエーのスタッフを派遣して、Vectorworksの導入やBIMの導入、シミュレーションなどの講義を実施するサービスも行っている。

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教員向けのウェブセミナーも開催

 学生向けにはVectorworksの活用技能を証明する「Vectorworks操作技能マスター認定試験」を実施し、合格者には認定証を発行している。またOASIS加盟校のシラバスに基づきVectorworksを学んだ学生には「Vectorworks技能取得基礎課程修了認定証」を発行している。これらは就職活動の際に自分の技能を証明するために活用して欲しい。

 今年度から「Vectorworksサービスセレクト」という新しいサービスも始めた。毎年、一定料金を払うと常にVectorworksの最新版が無償で提供されるものだ。OASIS加盟校には特別価格で提供するほか、特に初年度となる今年はキャンペーンを実施してさらに安く提供する。

 CAD教育を行う大学や専門学校などの教育機関はぜひ、OASISに加盟し、授業や研究などでこれらの支援サービスを有効に利用して欲しい。


展示会場

 講演会場に併設された展示会場では、Vectorworks教育シンポジウムの講演テーマにかかわる模型や映像、パネルなどが多数展示され、来場者の注目を集めた。

 日建設計は羽鳥達也氏が特別講演で発表した「逃げ地図」の作成過程を3D地図上に映した映像とパネルで紹介した。ビジュアルで動きのあるユニークな展示の前に、しばらく足を止めて見入る来場者もいた。

 また東京大学大学院の松井一哲氏は、卒業設計「記憶の器」を制作する過程で被災者にインタービューした膨大な会話録に間取り図を添えたパネル17枚を展示した。来場者はその緻密な内容に接すると、驚嘆の声を上げていた。

 展示会場で目立っていたのは、昭和女子大学准教授の田村圭介氏による渋谷駅の模型だ。1885年から2012年までの渋谷駅の変遷を3Dプリンタで造形した精密な建物群により、地上だけでなく地下の通路なども完全に再現した力作だ。模型の下からのぞき込み、写真を撮る来場者も少なくなかった。

 別室に設けられたOASISコーナーでは、OASIS加盟の25校が作品を展示した。展示室の内側にずらりと並べられたパネルに、知り合いの教員や学生の名前を見つけて談笑する来場者の声が響いていた。

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日建設計による「逃げ地図」の展示(左)。「記憶の器」の制作過程で作られた資料のパネル展示(右)
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3Dプリンタで造形した精密な建物模型を使った渋谷駅の模型(左)。OASIS加盟校のパネル展示(右)
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 Vectorworks教育シンポジウムは、建築教育の場にVectorworksという3次元設計ツールを生かすことで、建築を学ぶ学生の創造性や表現力をさらに高めた実践例が多く報告された。

 OASIS奨学金制度では、限られた予算にもかかわらず、学生自身が3次元によるデザイン力を生かすことで、東日本大震災の被災者へのさまざまな建築的な支援が実現した。

 建築教育における3次元CADやBIMの効果的な活用を目指す教育者、学生にとってこれ以上の情報交換の場はないだろう。

【問い合わせ】
A&A.Vectorworks教育支援プログラム「OASIS(オアシス)」についてのお問い合せは、こちらをご確認ください。
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