ARCHICAD BIM事例レポート シーラカンス K&H 株式会社
2015年9月29日

Photo:淺川 敏
Photo:淺川 敏

ARCHICAD & BIMx を核に地元の木材とワザをフル活用 独自構造の大規模木造建築で、JIA日本建築大賞を受賞

2014年度 JIA日本建築大賞が、シーラカンス K&H の「山鹿市立山鹿小学校」に決定した。すでに日本建築学会賞や文部科学大臣賞、グッドデザイン賞など数々の受賞歴を積み重ね、わが国を代表するアトリエ建 築事務所といわれるシーラカンス K&H にとっても、今回の受賞作は難度の高いチャレンジングな仕事だったという。そんなプロジェクトの中核で、同社を主宰する工藤氏・堀場氏の2人の建築家と多 数のスタッフたちのクリエイティブワークを支えたのが、ARCHICAD と BIMx だった。活用の背景と狙いについて工藤氏・堀場氏に伺った。

堀場 弘  氏 工藤 和美  氏シーラカンス K&H 株式会社 代表取締役 堀場 弘  氏

シーラカンス K&H 株式会社 代表取締役 工藤 和美  氏

地元産材を生かした大規模木造を提案

熊本県山鹿市は九州山地の麓に広がる緑豊かな地方都市である。六湯郷と呼ばれる6つの温泉や明治より続く芝居小屋「八千代座」など、観光客にも人気が高 く、特に千人余の浴衣姿の女性が紙細工の金灯籠を頭に載せて踊る「山鹿灯籠まつり」は、県を代表する祭りの一つに数えられている。他方この地域は「杉の女 王」と呼ばれる高品質な杉材「アヤ杉」の産地としても広く知られ、今回の日本建築大賞受賞作「山鹿市立山鹿小学校」もこの「アヤ杉」を全面に使用してい る。しかし「実は最初はRC3階建て以内で……という条件だったのです」。そう言って微笑みながら、シーラカンス K&H の工藤氏が語ってくれた。

「プロポーザルが募集され、私たちはそれに応える形でプロジェクトに参加したのですが、プロポーザルの要項では“RC構造で”――という条件で、特に木造については何も言われていなかったのです」。

工藤氏によれば、当時の発注者の感覚では、木造による大規模建築は難度が高く、特に9,000㎡近い床面積が求められる今回のプロジェクト規模では、その 広さの確保の問題から木造での対応は困難という判断が伺われたのだという。ところが調べていくうちに、この地が地域でも有数の木材産地であると分かってき たのである。

山鹿小学校-プロポーザル提出案
山鹿小学校-プロポーザル提出案

 

「だったらこれを生かして木造で提案したい、と考えました。それも集成材でなく、丸太から切りだし製材した無垢材を使いたい、と。せっかく木材産地で行な うプロジェクトなのですから」。実は同社では数年前に九州・福岡で床面積2,700㎡に及ぶオール木造の幼稚園建築計画を成功させており、その時の思いが 背景にあった。工藤氏とともにプロジェクトを主導した堀場氏は語る。

「この幼稚園のプロジェクトを通じ、木造に関するノウハウも多少蓄積できていました。そこから山鹿小のような8,000㎡を超える建築も木造でいける、と目算が立ちました。今回は、これが1番大きかったと思いますね」。そんな堀場氏の言葉に工藤氏も頷く。

「木造が良いということは、あの時の経験で分っていました。木の校舎ならではの空間的な落ち着きなど、RCとは全然違います。ただ、福岡の時は木材産地で はなかったため集成材を使わざるを得なかった。だからこそ、産地が近い今回は、ぜひ無垢材でチャレンジしたかったのです」。

こうして、あえて要項にない木造による建築計画を選んだシーラカンスK&H案は、多くのコンペティターを退けて見事受注に成功したのである。――だが、それは同社にとって、新たなチャレンジと試行錯誤の日々の始まりだったのである。

木造ならではの制限を「生かす」発想

鳥瞰図 各棟の配置
鳥瞰図 各棟の配置

 

シーラカンスK&H による山鹿小学校のプランを見てまず印象に残るのは、ゆったりした切妻の平屋が建ちならぶ家並の美しさだろう。だが、じっくり見ていくと、そのユニークな 建物配置にも驚かされることになる。敷地全体を南北に大きく三分し、その一番北側のブロックには体育館や音楽ホール、図書館、家庭科教室、給食棟(既存) 等の施設を配置。その南側には「学びの街道」と呼ぶ広い道路を挟んで、中央ブロックには2階建ての高学年用普通教室や「表現の舞台」と呼ぶ階段教室、管理 棟などが並んでいる。さらに南側には「学びの原っぱ」と名付けた緑あふれる中庭が広がり、これを挟み込む形で平屋の低学年棟や図工・生活科室、特別支援学 級などが続いている。グラウンドは建物敷地の東側に隣接している。

興味深いことに「学びの街道」は外部に広く開放され、生活道路として市民が自由に通行している。実は元の校舎の時からこうした通り抜け通路はあって、当時から地域の人々が自由に通行していたのだという。

「もともと神社へ塀もなく繋がっているような地域に開かれた学校だったので、私たちのプランにもこの開放性や地域との繋がりを活かしました。以前はクルマ と通行者が入り乱れて通っていたのを整え、学びの街道に仕立てていきました……既存のものを整理し、生かしていこうというわけです」(堀場氏)。加えて、 そこには木造ならではの法規制対策という側面もあった。

「木造建築は火災等への対策として建物と建物を離し、防火区画を設けなければなりません。この問題を“学びの街道”“学びの原っぱ”というアイデアで解い ていったのです。いわば木材ゆえの制限を逆手に取り、これを生かして独自の学びの空間として提案に結びつけました」(工藤氏)。

工藤氏らはこの発想を町の伝統文化とも結びつけていく。きっかけは教員や住民とのやりとりから明らかになった、同市の一大イベント「山鹿灯籠まつり」に関 わる課題だ。祭会場は小学校の校庭を使うが、校舎のすき間に千人余の踊り手が待機し、列を作って入場するためのスペースの確保が難しかったのである。

「だったらここを整備して、千人がきちっと並んで入場できる街道にしよう、と。それが“学びの街道”という提案に結びついたのです。」(工藤氏)。

このように、シーラカンスK&H のプラン作りは、しばしば地域の人々の声を丹念にすくい上げることから始まる。そして、幾度となくやり取りを重ね、地域の歴史や文化等も丹念に取り込みな がら、練り上げていくのである。そこでは当然、スタッフや発注者、地域の人々とのコミュニケーションがカギとなる。そして、この独特なクリエーティブとコ ミュニケーションの核となっているのが、同社が駆使する ARCHICAD と BIMx なのである。

続きは、グラフィソフトジャパンのウェブサイトで。

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