BIMが可能にした熱環境・避難シミュレーション実習
東京工芸大の建築教育が変わった(エーアンドエー)

2017年12月23日

東京工芸大学工学部建築学科では、20年前に3次元CADを使った設計製図の教育を開始して以来、カリキュラムの改善を行ってきた。最近はエーアンドエーのBIM(ビルディング・インフォメーション・モデリング)ソフト「Vectorworks」上で動く「ThermoRender Pro」(サーモレンダーPro)や、「SimTread」(シムトレッド)を使った熱環境や避難のシミュレーションといったBIM時代ならではの実習も行っている。

BIMやシミュレーションソフトを使った建築教育を実践する東京工芸大学工学部建築学科非常勤講師の森谷靖彦氏

BIMやシミュレーションソフトを使った建築教育を実践する東京工芸大学工学部建築学科非常勤講師の森谷靖彦氏

   BIMが可能にした「シミュレーション実習」

「複数の建物からなる商業施設の熱環境シミュレーションでも、入力データを作るのが簡単になり、解析も普通のパソコンで繰り返し行えます。BIMソフトやシミュレーションソフトが進化したおかげで、5年前には考えられなかった建築教育が実現しました」―――東京工芸大学工学部建築学科で、CAD教育を担当する非常勤講師の森谷靖彦氏はこう語る。

森谷氏は1998年から同大学の教育に3次元CADを導入し、カリキュラムを毎年のように見直してきた。現在、建築デザイン分野の授業の一環として、1年次後期の授業でCADの概念や基本操作を学ぶとともに、「Vectorworks」と「SimTread」を使った避難シミュレーションの実習を行う。

1年次後期に行う「SimTread」を使用した避難シミュレーションの演習。パソコン演習室は約150人の学生で超満員

1年次後期に行う「SimTread」を使用した避難シミュレーションの演習。パソコン演習室は約150人の学生で超満員

さらに2年次は建築図面の読み方や描き方を学び、代表的なCADやBIMソフトを使って基本的なデザイン手法を習得する。

そして3年次前期では「Vectorworks」と「ThermoRender Pro」を使って、商業施設などの設計を変えながら、熱環境シミュレーションを行い、最適化を目指すという高度な実習を行っている。

「大学の建築教育では、シミュレーションを経験しないで卒業する学生も多くいました。これからの建築設計者は、建築デザインを環境性能や安全性などを定量的なエビデンスによって評価する能力を身につけることが求められています。BIMソフトやハードの進化で、ようやく授業の中でシミュレーションの実習を行えるようになりました」と森谷氏は振り返る。

   SimTreadで施設の安全性と収益性を両立

1年生を対象とした後期の「建築情報処理I演習」という授業では、全15回のうち2回で「SimTread」を使った避難シミュレーションの実習を行っている。2017年度の履修者は147人にものぼり、教室となるパソコン実習室は超満員だ。

課題の内容は、劇場内にいる観客が、火災などで館外に避難するときの時間を、「SimTread」によってシミュレーションしながら、最適な開口部の位置や壁の配置などを決めるというものだ。その一方で、劇場の収益性を高めるための物販スペースも確保しなければならないという制約条件もある。

SimTreadによる避難シミュレーションの演習。開口部の位置や数などを変えて、避難時間を短くするための設計を追求する

SimTreadによる避難シミュレーションの演習。開口部の位置や数などを変えて、避難時間を短くするための設計を追求する

4~8人からなる20の班に分かれて、パソコン上で劇場の平面図を修正しては、SimTreadで避難時間をシミュレーションする。同時に出口付近に観客の待ち行列ができたりする避難過程の様子もリアルな動画として観察できる。出口を2カ所設けることにより、避難時間や待ち行列が劇的に短くなることも実感として理解できる。

その結果、学生たちは、劇場の壁を雁行(がんこう)させることによって内側からは観客の流れを出口に向かってスムーズに導く一方、外側には十分な物販スペースを設けるなど、ユニークな案を導き出した。

各班は5分ずつ、結果についてプレゼンテーションを行い、学生同士が相互評価を行う。このとき、いかに短時間で設計の狙いと効果を、説得力ある言葉で説明できるかも重要なポイントとなる。

「単に避難時間を短くするだけなら、開口部を増やして避難導線を太く、最短にすれば解決できます。しかし、平常時には劇場の収益性を高めるためには物販も必要となるので、物販スペースや観客の回遊性なども考慮しなければいけません。避難の安全性と物販スペースの確保を両立させるための現実解を求め、その意味を説明することが、この授業の狙いです」と森谷氏は語る。

各班による発表。安全性と収益性の両立をどう図ったかをわかりやすく説明することが求められる

各班による発表。安全性と収益性の両立をどう図ったかをわかりやすく説明することが求められる

学生たちは1年生のときから、この演習を通じて自分たちの設計が将来、建物ユーザーの行動にどのような影響を与えるのかをリアルに体験する。同時に設計の善しあしをわかりやすく説明することの大切さを学ぶことができるのだ。

   ThermoRender Proで“根拠ある設計”を学ぶ

学生たちは3年生前期の「建築情報処理II」で、ThermoRender Proによる熱環境シミュレーションという、さらに高度な演習に挑む。

「BIMによる建築設計」や「BIMとシミュレーション」など、建物の3次元形状と熱環境などの属性情報を併せ持つBIMの基本を学んだ後、いよいよThermoRender Proを駆使した熱環境シミュレーションに挑戦することになる。

課題は、東京都内に実在する商業施設を、熱環境的に改善することだ。複数の建物からなる商業施設は、BIMモデルとして与えられる。学生たちは2年次に学んだ3次元CADの操作体験を生かして、建物の配置や形状、樹木の数や位置を変えてはThermoRender Proで建物や地面の表面温度分布を確認する。

ThermoRenderによる初期案(上)と改善案(下)の熱環境比較。改善案では青色の部分が増え、涼しい場所が増えていることがわかる

ThermoRenderによる初期案(上)と改善案(下)の熱環境比較。改善案では青色の部分が増え、涼しい場所が増えていることがわかる

この演習でも、単に建物など表面温度を下げるだけでなく、商業施設としての快適な環境や人だまりも両立させることがポイントとなる。地表面温度を下げようと、樹木ばかりを増やしてしまうと暗い空間になり、商業施設の魅力が損なわれることにもなりかねない。

「この演習を通して、学生たちは建物を少なくする案や敷地の一部に樹木を集中させて木陰スペースを設ける案などを提案しました。その結果、樹種についても従来ありがちだったケヤキだけでなく、落葉樹のクヌギなど幅広い選択肢を検討するようになりました。こうした考え方は、CASBEEなどで環境設計を行う際にも役立つでしょう」(森谷氏)。

ThermoRenderを使った各班の改善提案は、相互評価による投票が行われる。モニターに張られた付せんが多いほど、高い評価を受けたことになる

ThermoRenderを使った各班の改善提案は、相互評価による投票が行われる。モニターに張られた付せんが多いほど、高い評価を受けたことになる

   経営感覚を取り入れた建築教育を実践

少子高齢化が進む日本では、これからの建築市場も縮小することが予想されている。こうした時代に、建築教育はどうあるべきなのだろうか。森谷氏は「東京工芸大学の卒業生は将来、独立して工務店や設計事務所の社長になる可能性もあります。そこで必要になるのが経営感覚です」と言う。

1年次のSimTreadによる避難シミュレーションや、3年次のThermoRender Proによる熱環境シミュレーションの演習では、安全性と収益性、熱環境と集客性を両立させる課題を設定した。

また、1年次の演習には、経営シミュレーションを体験するため、各班がレストランやパン屋となって売り上げを競うビジネスゲームも取り入れている。

「売り上げを増やすために安易に値下げすると、一時的には売り上げが増えますが、そのうち周囲の店を巻き込んだ値下げ競争になってしまい、最終的には倒産してしまいます。この過程をゲームによって体験することで、長期的にビジネスを継続していくための経営感覚を養っています」と森谷氏は説明する。

対立する条件を両立させることは実際の設計現場でもしばしば求められる。また、設計した建物は、いくらデザインがよくても、顧客が行っているビジネスの収益向上に役立つものでなければ意味がない。

これからは恣意(しい)的なデザインで建築を評価するのではなく、安全や環境、ランニングコストなどのシミュレーションによって、“根拠あるデザイン”を行い、施主に対して納得できるプレゼンテーションを行える建築家でないと生き残れない。

「根拠のあるデザインでなければ、施主を納得させられない」と語る森谷氏

「根拠のあるデザインでなければ、施主を納得させられない」と語る森谷氏

森谷氏は社会人になった直後、ソフトベンダーの技術者として超高層ビルの設計を担当した。現在はNTTファシリティーズ総合研究所でシステム開発に携わっている。建築とITの現場に身を置きながら、大学での教育に携わる森谷氏の多角的な建築教育は、BIMが普及によって実践が容易になり、その成果が目に見える形に表れてきたと言えそうだ。

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